プロサッカー選手への道から起業し、追求のフィールドをビジネスへ。 新たな挑戦の舞台は急成長するライバー事業。新会社代表の異色の経歴に迫る。

 プロサッカー選手への道から起業し、追求のフィールドをビジネスへ。 新たな挑戦の舞台は急成長するライバー事業。新会社代表の異色の経歴に迫る。
コミュニケーション領域のFAST COMPANYとして「いいモノを世の中に広め人々を幸せに」というビジョンを掲げるベクトルグループ。コミュニケーションを軸に世の中の流れを捉えた様々な事業・サービスを展開することにより、常に進化を続けています。「Professional」ではイノベーティブな視点と彩り豊かな個性を活かし、活躍するグループ会社社員に、自身が取り組む仕事の社会的な意味や価値についてお話を伺います。

ベクトルグループはライバーマネージメントやライブコマースのサポートを主軸とするライブ配信コミュニケーション事業をはじめ、ライブ配信を軸としたファンコミュニティプロデュース事業等もあわせて提供する新会社、株式会社Liver Bankを設立しました。その代表を務めるのは秋保 潤氏。サッカーJユースクラブに所属し、プロチームにも帯同していたなど、ベクトルグループの中でも異色の経歴を持っています。代表就任の経緯や、今後の展望について伺いました。
秋保 潤
株式会社Liver Bank 代表取締役

大学を卒業後、バリューコマース株式会社にて営業や複数の新規事業立ち上げを経験。退職後は起業し人材関連会社を経営。ライブ配信領域の成長性に惹かれ、業務委託としてDirect Tech社のライバーマネジメント事業をサポート。2020年10月に経営する会社の代表取締役を辞任し、複数事業をDirect Tech社に事業譲渡。2020年12月ライブ配信領域のコミュニケーションカンパニーとして株式会社Liver Bankを設立し代表取締役に就任。
参照元: YouTube

目指すゴールは、ライブ配信市場で覇権を握る。「人の感情を動かす」ライブだからこそできること

Liver Bank社の事業内容を教えてください。

ライブ配信コミュニケーションのプロデュース事業をはじめ、ライブ配信を軸としたファンコミュニティプロデュース事業を行っています。インフルエンサーの場合はフォロワーが多ければ多いほど、与えられる影響力も大きくなりますが、ライバーの場合は、拡散力はインフルエンサーに及ばなくても、エンゲージメント(愛着心、思い入れ、信仰心)が高いという特性があります。とくに日本はテレビショッピング(=典型的なライバーでのコマース展開のひとつ)の売上が高い傾向がありますが、それはリアルなライブ感があるからで、時間が限られているからこそ人の感情を動かすことができると思っています。

その性質をどうPRやコマースに活用するかを追求してる真っ最中です。ライブ配信を活用したPRイベントや、スマホを活用した新しい形のライブコマースなど、いろいろな選択肢を提案していく予定です。

今は、ライブ配信を始めたいインフルエンサーの方々に対して、数あるプラットフォームの中から最適なものを選び、ライブ配信のサポートを行うというのがメイン事業になっています。我々が目指している姿は「Live Communication Agency」です。5Gの導入もはじまり、これまで以上にリアルタイムに映像で繋がれる時代に突入するので、ライブ配信を使った新しい事業を様々な角度から包括的に展開していきたいと考えています。

現在、ライブ配信市場はどのような状況なのでしょうか?

トレンドとして盛り上がりはあるものの、まだ市場の勢力図が完成しきっている状況ではありません。我々としては、足元の事業を固めつつ、市場の流れを読みながら、ここぞというタイミングでしっかりと大きな波に乗れるよう準備したいと思っています。

特にコロナ禍で、アーティストさんがライブを開催できなくて困っているというニュースが溢れています。リアルで会えなくなったことにより、オンライン化して、ライブ配信というマーケットが急激に伸びています。一方で、ライブ配信を利用する企業さんがビジネスとしてに成功しているかというと、そうでもありません。したがって、この市場はこれからまだまだ伸び代がある状況だと考えています。このように急速に伸びている市場のビジネスで勝負をしていきたいと思っています。

逃げ続ける自分と決別。真にやりたいことに向き合い、決断した独立

秋保さんは元々サッカーでプロを目指されていたと伺っています。改めてご経歴を教えてください。

東北出身で地元のJリーグクラブのユースチームに所属していました。特に高校2,3年時はプロのトップチームに継続的に帯同し、授業をほとんど公休で欠席するような状況で、まさにサッカー一筋でした。昨今ワールドカップなどで活躍している日本代表選手は皆同世代で、選抜チームなどで一緒にプレーすることも多々ありました。私は所属チームではフォワード、国体などの選抜チームではサイドバックなど、足の速さを生かしたプレースタイルでした。

ところが、進路選択を控えた高校3年生のタイミングで、所属していたクラブユースのトップチームに上がれないことが決まったんです。正式にJリーガーになれないことがわかり、結果的に大学進学を選びました。スポーツ関連の学科への進学でしたが、選手としてのモチベーションの維持が難しく、そこでサッカーを離れることにしました。

今思えば、逃げだったと思います。それまでは絶対に同年代に負けなかったのが、高校3年頃からそうでもなくなったり、東北という狭い環境で通用していたのが、全国区になるとうまくいかなくて。サッカーをとことん追求できたという自信もあったので、次第に自分の中で「別にサッカーじゃなくても、活躍できるんじゃないか」という気持ちが芽生えました。

そこからは特段何かに打ち込むこともなく大学生活を遊んで過ごし、流れでなんとなく就活をし、就職したのがアフィリエイト広告などを手掛けるIT企業でした。サッカーでは自分が目立つよりは裏側でチームを支える動きをする機会も多々あったので、ビジネスも裏側で何かを支える事業が、自分には合っているのではないかと漠然と考えていました。

入社してからは順調に結果を出していきました。サッカー好きのお客様が多く、それがきっかけで仕事をいただいたり、設定した目標に向かって一体感のある、熱量の高いチームを創ることが得意だったこともあり、他のチームよりも多くの結果を出せるようになっていきました。サッカーでの経験が仕事に活きた部分は大きいです。

実力が認められ、入社4年目に大きな新規事業の担当になりました。ところがその事業はあまり上手くいきませんでした。要因はいろいろありましたが、失敗した理由を環境のせいにして「俺のせいじゃない」と考えてしまっていました。しかし、このままだと、サッカーから逃げたときと同じで、何も変わらないと思ったんです。そして、それならば、誰かや何かのせいにできない環境で自分が本当にやりたいことに挑戦しようと考えるようになりました。

ちょうどその頃、同じタイミングで友達のJリーガーたちが解雇、引退することが増え、仕事の相談を受ける機会も多くなりました。なんとか彼らの力になれるようなビジネスはできないかと思い、仲間と相談した結果思いついたのは、「スポーツ選手による事業立ち上げや引退後のセカンドキャリアをサポートする事業」でした。その事業に専念するために所属していたIT企業を退職し、28歳で起業しました。

このままではクズ人間になってしまう。居心地の良い環境から抜け出し、選んだのは経験領域以外での新しいチャレンジ

独立後、立ち上げた事業は順調だったのでしょうか?

最初は苦労しましたね。問い合わせ件数は1週間に2件ほどしかなく、その全てがビジネスになるわけではないので非常に暇でした。全くお金がなく毎日2食、1週間の食事すべてがインスタントラーメンで、共同創業者と分け合って食べていたこともあります。

とりあえず食べていくために、ちゃんと売上が立つ事業をつくらなければと思い、サッカーで培った人脈を活用していろいろな人に相談に行きました。試行錯誤する中で、外部のパートナーと提携して外国人の人材紹介ビジネスを始めることになりました。結果的にはその事業は順調に成長し、十数億円規模のビジネスにすることに成功。社員も増やし、インターネットを活用した求人広告の新規事業を立ち上げ、子会社化しました。

ところが、事業を軌道に乗せられたのは良いものの、その後の展開に行き詰まりました。事業の拡大よりも自分や社員の待遇を上げる方に注力してしまい、事業のその先のビジョンまでを描けていなかったのです。そして、既存事業については自分がいなくても円滑に運営できるようになり、暇を持て余すようになりました。それが、32歳の時です。

独立してからは、20代で蓄積した信頼残高を使ってビジネスをしている感覚でした。ただ、30代で今のような環境で事業運営をしていても、40代で活躍するための信頼残高が貯められない危機感を抱いていました。このままだとクズ人間になってしまうと思い、業務委託としてオファーいただいたいくつかの会社で働くことにしました。その中の1社にベクトル社がありました。

私のこれまでの経験や貯めたアセットをそのまま活かせる場所で働いても成長にはつながらないと思ったので、これまでとは違う領域で仕事をしたいと思っていました。これまで関わったことのない分野に自分のスパイスを加えることで違う何かを創り出せるかもしれない、そんなことができそうな会社とビジネスがしたいと考えたのです。当初、ベクトルとの仕事はネット広告関連事業の立ち上げを依頼されていたのですが、ベクトルならではの取り組みを創るためにその議論から参加させてもらいました。

一緒に仕事をしていくなかで、ベクトルグループは他社に比べて事業領域が広く、いろいろなビジネスを立ち上げる機会があると思いました。逆に、その機会をうまく事業化できていない側面もあるとも思ったのです。

当時Direct Tech社が運営していたライバー事業についても意見が欲しいと頼まれたので、持ち前の追求心でどんどん追求しているうちに、だんだんと任される範囲も広がっていきました。そのような形で事業のより深い部分にまで関わっていくうちに、自分の会社で運営していた人材関連のインターネットサービスとPRの親和性が高いことに気づいたんですね。

だったら、Direct Tech社と一緒になったらいいのでは?という話になり、自分の会社の事業をDirect Tech社に事業譲渡し、私もベクトルグループにジョインすることにしました。そして、株式会社Liver Bankを設立し、の代表を任されたのです。「思っていたよりも早くチャレンジのタイミングが来たな」と思いましたが、チャンスだと思い、引き受けることにしました。

ここぞというタイミングで勝負する。逃げないチームづくりで日本一のライバー事業会社に

今後の展望を教えてください。

これは同世代で活躍するプロサッカー選手の知人から聞いて共感した話なのですが、日本は国が豊かで恵まれているので、物事に色んな選択肢がある分、目の前のことが嫌になったり、難しい課題に直面すると別の選択肢に逃げることができます。だから何らかの能力が飛び抜けた人材が育ちにくいです。一方、アフリカや東南アジアの若い人たちは、日本ほど選択肢を持っていません。目の前の課題や問題を解決出来ないと生活していけないこともあるのです。でも、だからこそ目の前の課題や問題をひとつずつ解決し挑戦していける力があるのだと思います。その結果、数万人に1人は突出した力をもった圧倒的にすごいスポーツ選手が生まれます。この話を聞いて、深く共感しました。

そういった意味でも、今のライバー事業のチームには、自分に課されたミッションから逃げずにやり切って欲しいと思っています。そのために会話量を多く保ち、同じ価値観でゴールに向かって頑張っていける状態を大切にしています。逃げない癖を付けるほど個々人は強くなり、組織が筋肉質になっていくのだと思います。仮に、1人ではどうしても解決できないことが出てきた場合は、3人でぶつかれば良い。チームで戦える環境づくりも力を入れたいポイントです。チームスポーツ出身だからこそ、組織の団結力は意識していて、いつもメンバーの顔色は気にかけるようにしています。
我々のフィールドは、今はまだ出来上がっていない市場です。試行錯誤しながら事業を、市場を創っているところですが、どこかで必ず「ここだ!」という勝負のタイミングが来ると思っています。そのタイミングで確実に事業を伸ばせるような強い組織を創っていきたいです。

その先にはもっと大きなフィールドでビジネスを展開していくのが個人的なテーマです。私自身がサッカーのユースチームにおいて全力で挑んだ経験を活かしながら、ビジネス界でもチャンスを得ることができ、挫折や紆余曲折を経た上で今また新しいチャレンジを迎えているように、いまコロナ禍で困っているタレントやインフルエンサーにもっと活躍の場を提供していきたい。そういう環境を仕組みから変えていって、新たな文化を創造していきたい。ライバー市場を確立することで、個のエンパワーメントをしていきたいと思っています。

そして、Liver Bank社を国内のライブ配信関連のマーケットの中でNo.1の会社に育てたいと思っています。私自身これまで何かで日本一になった経験がないんですよね。だからこそ、このビジネスでなんでも良いので日本一を目指したいという気持ちがあります。Liver Bankにはそれを成し遂げることが可能なメンバーが揃っていると思いますので、このチャンスをしっかり活かしていきたいですね。LiveCommunicationの領域でビジネスを拡大し、株式上場をひとまずのゴールとして目指していきたいと思います。

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