お客様のニーズの変化を的確に捉え、多角的な事業展開を。新卒入社から「子会社上場」への挑戦。

お客様のニーズの変化を的確に捉え、多角的な事業展開を。新卒入社から「子会社上場」への挑戦。
「運命の出会いを、ヒトとモノとコトの間に」という世界観を掲げるベクトルグループ。コミュニケーションを軸に世の中の流れを捉えた様々な事業・サービスを展開することにより、人々の暮らしに彩と運命の出会いを添えるべく、常に進化を続けています。「Professional」ではイノベーティブな視点と彩り豊かな個性を活かし、活躍するグループ会社社員に、自身が取り組む仕事の社会的な意味や価値についてお話を伺います。

今回は、動画マーケティングを主軸にこれまでにないタッチポイントや、新たなクリエイティブのあり方を開拓し続ける株式会社ニューステクノロジーの代表取締役、三浦 純揮氏に、PR業界の変化やベクトルグループの中でご自身が目指す未来について、お話を伺いました。

数百億の利益を生む1つの事業より、数億の利益を生む20個の事業を

ニューステクノロジーの事業内容を教えてください。

「つくりかたを、新しく。とどけかたを、新しく。」というミッションを掲げ、動画マーケティングを中心に、デジタルサイネージ事業、メディアアカウント事業、コンテンツクリエイティブ事業の3つの柱を軸に事業を展開しています。

わかりやすいので「動画マーケティング事業が軸」とお伝えすることが多いですが、個人的には事業分野を特定の領域に絞りたくないと思っています。一つの事業で何百億と売り上げるよりは、年間4~5億程度の粗利を見込める事業を20個創る方が、今の社会においては強いと考えているからです。そもそも親会社であるベクトル社自体も、PR会社でありながら、従来のPR領域にとどまらず、多角的に事業を展開してきました。

その背景には、お客様のニーズの変化があります。今現在、パブリシティの獲得など従来のPRだけを求めているお客様はほとんどおらず、どの会社も売上向上などの結果を求めています。そんななか、これまでのあり方に固執していては、生き残れない。だからこそ、あえて領域を限定せず、お客様のニーズを汲み取りながら、多様な事業に取り組んでいきたいと思っているんです。

我々の強みとしては、クリエイティブ制作からデジタルにおけるコミュニケーションの設計、モビリティメディア「THE TOKYO TAXI VISION GROWTH」やヘアサロンサイネージ・メディア「THE TOKYO SALON VISION COVER」などの自社メディアによる情報配信まで全て一気通貫して行えるところです。今、どんな企業にとってもコミュニケーションにおける動画活用は当たり前になってきています。そんななかでも、デジタルからクリエイティブ領域までワンストップで提案できる会社は少なく、さらにデジタルサイネージ分野となると、取り組んでいる会社はさらに少ないのではないでしょうか。

中国支社立ち上げの経験で「PR」の位置づけに変化

領域を限定しない事業づくりには、どういった背景があるのでしょうか。

入社2年目で携わった、北京支社(ベクトルチャイナ)の立ち上げ時の経験が大きいと思います。

私は2010年にベクトルグループに新卒で入社し、その僅か1年後に北京支社の立ち上げを経験しました。

中国では「PR」という言葉の位置づけが日本とは全く違いました。簡単に言うと中国のPR会社は日本の広告代理店のような仕事をしていて、パブリシティだけでなく、プロモーション関連の仕事は何でもやっていたんです。当時の日本ではまだ一部の企業しか取り入れられていなかった、SNSを活用したマーケティングや、インフルエンサーマーケティングなども当たり前のように行われていました。

そんな状況で勝ち残るには、我々も何でもやらなければなりませんでした。私自身も飲食店に飛び込み営業を行なったりもして、手を替え品を替え、いろんなアプローチの仕方で新規顧客獲得を進めていきました。

ちょうど同じタイミングで、データとテクノロジーをかけ合わせたマーケティングプラットフォームを提供する株式会社マイクロアドが上海に進出していました。互いにできない部分を補い合える関係だったので業務提携することになり、その後日本でも、同じように協力し合いながら新たな価値を生み出していきたいと生まれたのが、合弁企業のニューステクノロジーでした。(※現在はベクトルの完全子会社)

日本式PRから脱却し、新しいコミュニケーション手法を確立

中国で培った視座やノウハウを、日本でどのように活用していったのでしょうか?

日本に帰ってすぐ、ベクトルグループの中でPR戦略の立案・実行まで行うアンティル社にてひとつの部署を任されましたが、私は部下にパブリシティ業務だけで完結しないよう伝えていました。

パブリシティ業務だけでは、メディアにアプローチすることだけが目的になってしまい、クライアントの課題に対して有益なコミュニケーション設計ができていない現状があったからです。実際に、パブリシティばかりに気を取られ、本質である「クライアントの課題を解決する」という意識が希薄化していました。

私自身も日本に帰ってきて3年はお客様と向き合い、皆さんが考える従来のPRよりもより幅広くプロモーションを掛け合わせたコミュニケーション設計のお手伝いをしてきました。海外の観光局や外資系大手航空会社のプロモーションを任されたこともあります。中国で、プロモーション戦略の立案からコンテンツ制作や広告運用まですべて自分でやっていた経験が活きましたね。

特異な動きをしている分、四半期毎の業績目標は絶対に達成するようにしていました。ベクトルグループの業績目標は毎年1,000万円ずつ、などのように実数字で増えていくわけではなく、120%など割合で増えていきます。在籍年数が長くなるほど積み上げる数字が大きくなる仕組みで、時間が経つごとにこれまでのやり方では絶対に達成できない数字になります。それもあって、新しい手法の提案を試みたり、外部パートナーとの連携強化を行っていました。

後輩たちに「子会社上場」という道を示していく

もともと事業を創り、社長になろうという気持ちがあったのでしょうか。

入社した時から、自分で事業を立ち上げたいと思っていましたし、絶対社長になると思っていました。入社当時から非常に生意気だったと思うのですが、中国支社の立ち上げ、ニューステクノロジーの事業と次々と新たな挑戦をさせてもらえていることは、非常にありがたいです。

今後の展望を教えてください。

一番の目標はニューステクノロジーの上場です。新卒で入社した自分が、子会社社長として上場まで経験することは、後輩たちに新たな道をロールモデルとして示すことにも繋がると思っています。

ニューステクノロジーの代表に就任して3年経ちましたが、上司に引き上げてもらい、経験を積ませていただいたから今があると思っています。だからこそ、ここまで育ててもらった恩返しがしたい気持ちが強いです。

事業面においては、情報の届け方などコミュニケーション手法が絶えず変化していく中で、一つの事業に固執せず、真の意味でお客様や消費者のためになるようなビジネスの開発を進めていきたいと考えています。

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