目指す世界観とスピードに惹かれ入社を決意。ベクトルの海外事業戦略を語る。

 目指す世界観とスピードに惹かれ入社を決意。ベクトルの海外事業戦略を語る。
コミュニケーション領域のFAST COMPANYとして「いいモノを世の中に広め人々を幸せに」というビジョンを掲げるベクトルグループ。コミュニケーションを軸に世の中の流れを捉えた様々な事業・サービスを展開することにより、常に進化を続けています。「Professional」ではイノベーティブな視点と彩り豊かな個性を活かし、活躍するグループ会社社員に、自身が取り組む仕事の社会的な意味や価値についてお話を伺います。

ベクトルグループは日本国内にとどまらず、アジアを中心とした日本を含む11の国と地域にわたり事業を展開しています。今回は日系PR会社の中国支社駐在、中国での起業を経てベクトルグループにジョインし、執行役員として海外事業本部を管掌する羽生 茂佳(はぶ しげか)氏に、ご自身のキャリア観やベクトルグループの海外展開戦略について聞きました。
株式会社ベクトル
海外事業本部 事業統括 羽生 茂佳

大学院卒業後、大手PR会社に入社。主に外資系クライアントの消費財から、病院、医療機器、ヘルスケアなど担当。2006年より海外駐在第一号として北京と上海に駐在。中国において日本の大手企業のコーポレートPR、マーケティングPR、クライシスコミュニケーションを数多く担当。2015年にベクトル入社。ベクトルグループの海外(主にアジア)のPR事業を牽引。
参照元: YouTube

コロナ禍でインバウンドからアウトバウンドへと発想を転換。EC・D2C事業にも注力。

羽生さんの現在の仕事内容を教えてください。

ベクトル社の執行役員として海外事業本部の事業統括をしています。ベクトルグループはアジアを中心に、上海、北京、広州、ソウル、香港、台北、ハノイ、ホーチミン、バンコク、クアラルンプール、シンガポール、ジャカルタなど、主に11の国と地域にわたって事業を展開しています。それぞれの会社が地域に根ざし、クライアントの価値向上に貢献できるよう取り仕切るのが私の役割です。

私が入社し、海外事業を任されるようになったのは2015年の11月です。2020年はコロナ禍の影響で一時的に業績が落ち込んだものの、それ以前は、就任以来ずっと対前年比15%以上の、右肩上がりの成長を続けていました。執行役員に就任後最初の1年間は、前職で中国に駐在していたこともあり、主に中華圏の拠点を担当しました。2017年からはASEANを含め、海外事業部全体を統括することになり現在に至っています。

ベクトルグループの強みはアジア各地に拠点を持ち、現地での目線で訪日観光客を増やすためのプランニングから実行までできることです。とくに2018年から2020年にかけては現地から日本への観光客誘致が巨大な市場になっており、その波に乗って海外事業部の業績も拡大していました。

海外事業部のクライアントは、日本企業が多いのでしょうか?

そうですね。日本企業が売上シェアの大部分を占めています。特に、日本に本社がある企業から各海外拠点にまたがってPRやプロモーションを展開したいとご依頼いただくことが多いです。例えば、ショッピングモールや鉄道会社のインバウンド事業のサポート、日本を代表する農機・建機などの製造販売メーカーによる、農業が盛んなアジア各国に向けたプロモーションなどを行っています。

ただ、2020年はコロナ禍の影響でインバウンド需要がかなり落ち込んでしまい、事業部の業績に与えるマイナスのインパクトは大きかったというのが正直なところです。だからこそ、我々がお客様企業に提供できる「揺るがないモノ」は何なのかを問い直す機会になりました。2021年は、コロナ禍の収束にともないインバウンド市場が徐々に復活してくると予測していますが、リスクに備えるためにも新しいサービスも提供できる体制を整備しなければと思っています。

可能性のひとつとして、インバウンドからアウトバウンドへと発想を切り替え、ECサービスを活用して海外に商品を販売する「越境EC」をサポートができると思っています。これまでのように海外からの観光客を日本に誘致するだけはなく、ECを通じて日本から海外の方にダイレクトに商品を販売する形です。現在、そのための体制づくりを着々と進めており、これからの大きな収益の柱にしたいと考えています。

一方で、海外の魅力的な商品の販促にも力を入れていきたいと考えています。例えば韓国産の商品を求める海外市場はかなり多く、EC市場も年々拡大するアジア各国に拠点があるため、我々が強みとするインフルエンサーマーケティング等も絡めながら、ECやD2Cをグローバルに伸ばしていきたいと考えています。

熾烈さが増しているなグローバル競争の中、どのように事業拡大を実現していくのでしょうか?

海外進出で成功しているケースは、現地ニーズに合った売れるコンテンツをきちんとつくっていくことが鍵になると思います。日本企業の場合、日本で人気のある製品をそのまま海外へ持っていくことが多々見受けられますが、それでは海外では受け入れられません。現地の生活者目線でニーズを捉えたコンテンツづくりやものづくりをしていくことが日本企業が海外で成功していく近道だと考えています。ただ、いきなり考え方をすべて変えることは難しいので、段階的に、まずはマーケティングから変えていくサポートに注力しています。

現地の目線を持ち、生活者の生の声をプランニングやクライアント企業の商品企画に活かしていくとともに、我々がコミュニケーションインフラとして、各拠点で現地の生活者に正しく情報を伝えていかなければなりません。そして、さらに各拠点が大きくなれば、日本企業のみならず海外企業にとってのコミュニケーションインフラとして機能することができると考えています。

成長が目まぐるしい中国で痛切に感じる、日本企業の発信力の弱さ。

中国で起業して現地法人を立ち上げられたそうですね。どのような経緯だったのでしょうか?

最初は、株式会社プラップジャパンというPR会社に勤務していました。入社して3~4年で大体の業務を覚え、やれることはやり切ったと感じていました。将来的には独立を視野に入れていたこともあり、非常に良い会社でしたが退職を考えるようになりました。

そんな中、中国支社駐在の話をもらいました。全く頭になかった選択肢でしたが、即決しました。何も描かれていない真っ白なキャンバスを与えられたような気がしてとてもワクワクしました。中国に渡って6年ほど経ったころ、会社が考える方向性との折り合いがつかず、退職することになり、そのまま現地で起業したのです。

中国駐在を始めた2007年頃の中国の印象を教えてください。

中国がまさに先進国の仲間入りをするというタイミングで、非常に勢いのある国という印象でした。人口が14億人を超える市場規模で、毎年10%近くの経済成長を遂げた国は恐らく歴史上ありません。その中国の成長を自分の目で確かめたいと思っていました。実際に現地で働いてみると、思っていた以上にめまぐるしい変化があり、たった3ヶ月でもまるで1年働いていたかのように成長している感覚がありました。チームビルディングを行う中で去っていくスタッフもいて、決して良い思い出だけではありませんが、濃密な時間を過ごしました。
また、実際に中国で仕事をする中で感じたのは、日本企業は海外企業と比べて発信力が弱く、それゆえグローバル市場におけるシェアが小さくなっているということでした。世界で勝つには、コミュニケーション量が圧倒的に足りません。日本人、日本企業は「何を言うか」を大切にする傾向がありますが、海外では「何か言う」こと、その量や、まず発言すること自体が非常に重要です。日本企業は「沈黙は金」と考えているところがあります。例えばSDGsに関連する社会貢献性の高い企業活動など、良いことをしていても積極的に発信しない傾向がありますよね。ですが、メッセージは繰り返せば繰り返すほど浸透していくということを海外企業から学んでいく必要があると思います。

スピード感は急成長中の中国市場以上?!中国を離れてベクトルへ。

なぜベクトルに入社したのですか?

現地で起業して立ち上げた会社は順調でしたが、私自身が中国という国自体に魅力を感じなくなっていきました。ちょうどその頃、都市が次第に洗練されていき、ほんの数年前の混沌としながらも前向きなエネルギーで溢れていた街中の風情が消えつつあるなど、面白味が感じられなくなってしまったのです。また、自分の娘の小学校就学等も重なり、いったん中国を離れてもいいのではと考えるようになりました。
私個人としては「面白いところ」に行くことを大切にしていて、次に何をしようかと考えたときに、前職で携わっていたPRを思い出しました。PRは、幅広いクライアントと向き合いながら、関連する様々な情報について学び続けることができます。このタイミングで、その学ぶ機会こそがこれからの自分にとっての「面白いところ」になっていくに違いないと改めて考えるようになっていました。

ベクトルとは独立後に立ち上げた会社として付き合いがあり、見ている世界の大きさやスピード感が非常に魅力的に私の目に映りました。特にスピード感は、私が中国で体感していたものと同じ感覚があり、この会社でならもっと面白いことにチャレンジできるのではないかと思いました。
ベクトルとの最初の接点は前職のPR会社時代、偶然にも同じ会社を買収しようと動いていたときです。当時からスピード感がすごいと感じていました。その後上海で開催した、日系のPR会社を集めたイベントをきっかけに、当時はベクトル取締役だった長谷川とのつき合いが始まりました。その後、いろいろな機会で話をする中で、ベクトルグループは今後さらに伸びるだろうと感じていました。

また、役員クラスが自ら上海に直接乗り込む経営判断と、それによって現場レベルで矢継ぎ早に様々な意思決定ができるというスピードには迫力すら感じ、当時の私にとっては脅威でもありました。このスピード感は他には真似できないだろうと、今でも強烈な記憶として残っています。

メディアをグループ内に持つPR会社は海外から見ても特異な存在。前例に囚われない企業風土が生み出す前代未聞のチャレンジ。

入社後、どのような経緯を経て現在のポジションに至ったのでしょうか?

入社1ヶ月後、海外事業を経営的にサポートして欲しいと長谷川から頼まれ、それから海外事業本部を任されるようになりました。

まず最初に取り組んだことは、海外事業部が統括する各支社の経営を健全化させることでした。業績目標を追求する姿勢はすでにあり、売上は順調に推移していましたが、一方で収支管理に粗さが見られる状況がありました。そこで、各拠点のリーダー拠点長とPL(損益計算書)を一緒に見ながら話し合い、改善を重ね、無駄な支出を減らしていきました。この時は、自ら会社経営していた経験が活きたと思います。

経営を立て直すにあたって、一番苦しかったタイミングを教えてください。

やはり、数字が悪かったときです。海外拠点は仕事に対するスタンスや価値観の違いもあって組織が安定せず、常に誰かが帰国したりローカル社員が辞めたりしていました。社員数が減ることは売上減に直結します。特に2018年頃は、各拠点長が入れ替わるタイミングで苦労し、ベクトルグループ全体の業績に迷惑をかけてしまいましたす。その時期が一番苦しい「谷」の時期でしたが、それを乗り越えた2019年には人財が育ち、過去最高の業績を出し、V字回復することができました。

ベクトル最大の強みは何だと思いますか?

ベンチャースピリットが大切に息づいていることです。 社員一人ひとりがここまでたくましい企業は、日本国内にはそうないのではないかと思います。前にいた会社では、コンサルティングファーム的な考え方で自社のPRサービスを提供していました。これはこれで素晴らしいことですが、ベクトルの社員は、自社のサービスをある種ドライに捉えていて、数あるサービスのなかのひとつ程度に考えているように思います。自社サービスや従来の手法に固執しないからこそ、良い意味でいろんなこと、新しいことにチャレンジできているのかなと思います。

例えば、ベクトルの海外拠点ではメディア企業のM&Aを行っていますが、PR会社が自社内にメディアを持つという発想自体、普通のPR会社からは出て来ないように思います。なぜなら、PR会社にとってのメディアとは取材・掲載交渉する相手であり、パートナーという位置付けだからです。この事業形態は海外から見ても特異で画期的だと思います。既成概念にまったく囚われないところは、誇りに思うべき強みだと考えています。

また、当たり前のことを徹底できていることも強みだと感じています。とにかく「やりきる」ということを大切にする文化があります。目標数字に対しても自らシビアに考えている社員が多く、この点でも他のPR会社との違いを感じます。

今後の展望について教えてください。

一緒に働くスタッフがどんどん育ってほしいと思っています。海外事業は各拠点それぞれがひとつの会社なので、その時々で経営者としての判断を求められます。数字や今後の戦略に関して、一国一城の主としての決断を迫られるのです。20代から40代前半にかけて、そういった経験をするのは非常に有意義で、将来有望な人として、その先どんな環境でも重宝されるようになると考えています。

海外事業部は、今や全体の1割強の人数を占めています。「海外で働きたい」という熱い想いのある方、海外でのチャレンジを真剣に考えている方、成長を望む方にぜひ海外事業部で貴重な経験を積んでいって欲しいと考えています。

また、ベクトルグループで活躍し続けてくれることがもちろん一番嬉しいのですが、他にやりたいことあってベクトルグループから飛び出すにしても、海外事業の経験は必ずその人の強みになると思います。自分よりも成果を上げられる人財が育っていくのが純粋に楽しみなので、私自身は成長を望む人たちがチャレンジできる環境を創り続けたいと思っています。そして、それが海外事業部の成長に繋がると信じています。

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